夜灯 小説 Novel
心抉るその時まで

BLメイン、ダークファンタジー・シリアス・R18作品があります。


本編がまだない、人外(式神)とその契約者の少年の、日常のようで異常な日々の一幕。
⚠️殺伐、エグい発言、性行為の匂わせあり
たくらみ笑いで終わっています。

心抉るその時まで

 障子の戸を引けば、すぐそこまで霧が立ちこめている。辺りを見渡すことはできそうにない。もうもうと煙るモヤに混じり漂う、黒ずんだ煙。あと少しでも薄く色づいていたなら、風情も感じられただろうが、その煙の正体は薄くたなびく瘴気だ。
 この地は腐敗した。かつてはたいそう美しかった、とその者は記憶していた。今のこの先など見えぬ景色と比べれば、少なくとも周りを見渡せるぐらいには見晴らしがよかったはずだ。
 その者、姿形を持たない、化装けそう。第六化装けそうと呼ばれる式神。式神とはいえ、呼び出した者が誰なのか分かっておらず、ただ呪いを振りまき続ける災厄と成り果てている。
 第六化装けそう、仮に彼とすれば、彼は毒に汚染された外へ足を向けて、縁側でくつろいでいるぐらいには力はある。その強大な呪いは、縁者の同士討ちを強いるというもの。因果に五人巻きこめば呪いの連鎖は終わる。が、誰も彼も終わらせることができなかったから、今日まで彼の呪いは健在なのだ。
「なんだよ、起こしてくれよ、朝食に出遅れて気まずかったじゃんか、フォックス」
 名前もなかった第六化装けそうをフォックスと呼ぶ者、彼は緑賢ろっけん。呪いの渦中にある最年少の縁者にして、本人に自覚なき剣豪。曰く、家族を守るための力だと言うが、フォックスから見れば、毒まみれの混迷の地で、はつらつとしていられる姿自体が異常で異質、極めて危険。他の家族つまり、縁者たちは常日頃から非常に警戒している様子だ。
 気まずいどころの騒ぎでない。殺しあうというのに、呪いに巻きこまれた縁者たちを家族などと豪語している方に問題がある。気を抜けば、命を摘み取られる関係だというのに。
 さすがの能天気も今朝は重苦しい食卓には耐えかね、早々に切り上げて、逃げてきたにちがいなかった。
「我に主を起こす契約などな、お、い!」
「だって、フォックスのしっぽ、やわらかいから!」
 緑賢ろっけんはフォックスのしっぽとやらにじゃれついているが、姿形を持たぬ化装けそうは、人によって見え方がちがう。緑賢ろっけんには彼が、大きな三角耳を頭に生やし、毛がふんだんにあるしっぽの付いた、人型の式神に見えているようだった。顔にはなんか白い紙が貼ってあって、苦しくないのかと緑賢ろっけんはたずねたことがあった。フォックスは式神ゆえ、苦しくも愉しくもなんともないため、彼がなにを言っているのか、理解できなかったが。
「ええい、うっとうしい! なぜしつこいのだ、今日に限って……そうか」
 フォックスはひとりで早合点した。緑賢ろっけんが心乱す事案など、ひとつしか思い当たらない。兄だ。唯一、彼と懇意で、呪いに巻きこまれていない縁者。家族と慕う者たちから殺意を向けられる緑賢ろっけんにとって、彼は最後の心の砦に等しかった。
「にぃ、またご飯、食べないから、いっぱい食えってよこすから」
 ぎゅうとないはずのしっぽをきつく抱き、あーだの、こーだの、イヤイヤとわがままを言うガキに成り果てている。
 兄が食卓にいたというのに、それにしては今朝はずいぶんと早い離脱だったじゃあないかと疑問を口にすれば、緑賢ろっけんはますます引っ付いて離れなくなる。フォックスは話題を逸らそうと、ふと気になったことを口にしてみた。
「主。なぜ、我をフォックスとしたのだ」
「そりゃあ、もう、キツネみたいだからに決まってる!」
 うしろから抱きつかれながら、なんとか引き離れないものかと前後に体を揺する。攻防の間に、キツネなる生物の生態から迷信まで、フォックスの頭をありとあらゆる情報が駆けめぐった。
「私がキツネでフォックスとな。言い得て妙」
 「カッコいいよな、俺もそう思う」などと先ほどの駄々っ子はどこへやら、機嫌良さげにパッと手を離し、フォックスの背後でゴロゴロと床と戯れている童。うっとうしい抱擁から逃れられたが、その場から元凶が立ち去ろうとしないので、さして興も乗らないフォックスは立ち上がった。
「早急に討ち合ってくれ。わずらわしいことこの上ない」
「ダメだよ、俺。死ねないから」
 振り返らずとも、フォックスは気配で鼓動を感じ取れる。胸の中心をつかむ手。肉と骨の下にある、脈打つ心臓を。
「これをやる奴を決めてあるんだからさ」
 「渡すまで生きるよ。俺、フォックスも救うから」と言い切ったのに、次の瞬間には、ソレは顔を覆って不安を口にしている。
「俺、あと、どれぐらい?」
 しゅるりしゅるりと姿形がほどけていく。フォックスには分からない。どう言葉を返すべきなのか。
「さあな。だがヒトの子の脆さなど、高が知れている」
 幾重にも張り巡らされた結界が、室内への瘴気の流入を和らげる。だが薄く、少しずつ、すり抜けた毒が這い回り、屋敷の者を蝕んでいく。身も心も侵されていく運命にある。
 じきに、正常に思考できる者など、いなくなる。皆、陶酔と夢想の狭間に落ちていく。だが、〝彼〟なら最後までまっとうであり続ける。彼であれば求める答えを容易に口にできよう。
 背の高い影が向こうで揺らめき、手招く。ギシリと床が軋めば、緑賢ろっけんには誰が来たのか、すぐに分かり、飛び起きた。
「にぃ!」
 会いたかったのだろう、兄に。大丈夫だと、慰めの言葉をかけてもらいたかったのだろう。
「緑賢ろっけん。大丈夫だよ」
 「俺が必ず救うから」。二人が抱き合う様をどこか遠くで見つめる者。救いなどどこにもないというのに、今宵も肌を寄せ合うのだろう。醜悪で愚かなヒトの子よ。呪いはびこる妄執の中で、どうか、だまされ続けてくれ。
 ニヤリと口角を上げたくなる衝動と、チクリと体の真ん中を走る何か。知らぬ間に、舌打ちを鳴らしていた影は、暗がりに紛れていく。
 瘴気に蝕まれ、理性なき化け物となって生を貪る悲劇とならぬよう、主は契りを交わした。『果てるその時まで、縁者たちと家族でありたい』と。
 願いを叶える、そのために契約を結んだのだ。もちろん、無償ではない。払うべき犠牲を以て。
 式神、ましてや呪いたる者に、ヒトとヒトが交じり合うなかで育まれ、生まれるものを手にすることは叶わないのだから。ヒトの手ではとうてい引きずり出せぬ供物──契約の代償を思い出しながら、その者は面布の下で薄ら笑いを浮かべていた。──姿形持たぬのに、なぜ彼の手に触れられ、嫌悪しているのか、理解もできずに。


「心抉るその時まで」

著者:兎守 優(旧:内山)
公開日:2023年8月31日

この物語はフィクションです。
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