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夜灯 小説 Novel
二人で埋めた秘密の箱庭 R18

BLメイン、ダークファンタジー・シリアス・R18作品があります。


当作品はR18です。まちがって開いちゃった18歳に達してない方は、そっとタブを閉じて、またのお越しを!

二人で埋めた秘密の箱庭 R18

埜谷 真生 のや まなぶ
 人畜無害そうな顔をしているが、春明以外には笑わない、ケンカの強い、薄ら笑いの暴君。真生まなぶのことは、幼少期から好きで拗らせている。

矢巻 春明 やまき はるあき
 美人で気の弱い青年。真生まなぶのことが大好き。幼少期は殻に閉じこもっていたので、ほとんど記憶にない。


恋人は言った
「死体を埋めに行こう」と。


「俺、死体を埋めに行きたくてさ」
 これからコンビニにでも行く気軽さで、真生まなぶが口にする。それにしたって、脈絡がなさ過ぎる。僕、春明はるあき真生まなぶはさっきまでもつれ合って、熱い時間を過ごしていたというのに。急に空気が冷えていく気がして、申し分程度の布団を引っ張った。
「春明も行こうぜ、俺とさ」
 言っていることは狂気じみていておそろしいのに、彼の手つきと言ったらいつもの通り、優しく、肩口まで布団を掛けてくれるのだ。ふわりと精の香りがした。また、中心が熱を持ちそうになった。ちょっと荒いけど、性根は優しい、そんな彼が僕は大好きだ。
「来なかったら、俺、一人で行って、もう帰ってこないかも」
 そんなのはいやだ。返事の代わりに、唇に食らいついて舌を絡める。僕が仕掛けたのに、真生まなぶの巧みな舌遣いに翻弄されて、すぐに主導権を奪われてしまった。
「今日はこれ以上は、な。春明、いっぱいかわいがったから」
 銀糸が引いて、ぷつりと切れる。あまりにも切なくて、たまらなくなり、隣の真生まなぶを見た。ヤンチャをしていたと言うが、染めたことのない黒い髪はツンツンと立っていて硬いように見える。が、触ると案外、柔らかい髪質だ。眉もキリリと太いのにあどけなさのような色気もあって、その下の精悍な目つきがアンバランスで、魅力的だった。
 何もかもがくっきりはっきりとしている真生まなぶに対して、僕は何だかぼやけた容姿だ。幸薄男子などと言われ、男子からはなよなよしい「女男」、女子からは何でも似合うとマネキン扱いされ、散々だった。鏡に自分の姿を映す度に目を覆いたくなった。自分がほとほと嫌いになっていた高校生時代のあの時、彼が声をかけてきたのだった。
『矢巻 はるあきくん』
 顔を上げれば真っすぐな視線とぶつかった。目が離せないぐらい強烈な印象だった。彼の目は僕をどこまでも僕という一人の人間のことだけを見ている、そんな一心に熱のこもった目だった。
『俺、君のこと、好き。付き合って欲しい』
 偽りなき告白が続いて、衝撃的な出会いとなった。
『僕、男なんだけど』
 もしや女の子と間違えたのではないか。そう不安が口から衝いて出たが、そうではないとすぐに気がつく。彼は僕の名前を『春明くん・・』と呼んだ。彼はわかっている、僕が男だと。
『俺が好きなのは男でも何でもなくて、はるあきくん。矢巻 はるあきくんの方』
『あ、名前は……』
『俺と付き合ってくれたら、教えてあげる』
 もうすぐ昼休みが終わる。これを逃したら、彼の名前を知ることも、彼と会うことも二度とないかもしれない。こんな決断、いつもならしなかった。女男だの、マネキン扱いだの、僕がきちんと「いやだ」とはっきり言わないから、いつまでも続くんだ。
『いいよ、付き合う……!』
 初めて出した大きな声に、全身が震えている気がする。誰かに聞こえたらという恥ずかしさはあったけど、言ったことに嘘も後悔もなかった。
『ありがとう。俺は埜谷のや 真生まなぶ』
 校庭の奥、裏手の雑木林の中、昼の木漏れ日が重なり合った僕たちに、まだらな光を注いでいた。

 唇にまだ感触が残っている。あの日、付き合ってすぐ、ふんわりと真生まなぶが唇を重ねてきた。今もその頃に感じた、高揚感や心臓の脈打ち、体の中のジクジクする疼きが忘れられない。
 時刻は午前七時頃、彼がいつもジョギングに出ている時間だ。今日は日曜。彼の誘いを断るなら、ベッドから出てシャワーを浴びて着替えて、家を出ればよかった。
 だけど、このまま家に逃げ帰ったら、わだかまりが残るだろう。あとあと、大きな亀裂となって、この関係が終わってしまうかもしれない、そう思ったら、いつでも出てどうぞと手を広げる玄関のドアがうらめしくなって、バスルームに逃げ込んだ。
 バスローブを着てソファーに身を投げ出す。熱めのシャワーを浴びたら、モヤモヤした気持ちは少しすっきりした。今日は何を着ていこうか。ぼーっと考え込んでいると、洗濯機が荒々しく音を立てだす。多分、早朝に目を覚ました真生まなぶが、昨日の何もかもをぜんぶ放り込んで、タイマーをセットしていた洗濯物が仕上げにでも入ったんだろう。
 起きたらシーツは真っさらで、体も布団もきれいになっていて、彼が後処理をしてくれたんだなとしみじみ感じた。と同時に、僕が目を覚ます頃には、彼と過ごした夜の時間がいつも消えてしまうのがさみしくなった。
 さみしさがあふれそうなタイミングでうらめしい玄関のドアが開くと音がした。すぐに靴を脱いでリビングに彼は向かってくる。
「おはよう、春明」
 まだ湿り気のある髪を後ろからさらりとかきあげられて、うなじに口づけが落とされた。途端に真生まなぶの汗の匂いが広がって、もっと彼を感じたいと、首を倒してのど元をさらした。「真生まなぶ……」と呼ぶと上から覆い被さるようにして、唇を食まれる。上下するのど元がほおに当たって、ゴクリと飲み込む音が耳のすぐそばで妙にリアルに聞こえて、胸が高鳴った。
「春明……出掛ける準備」
 いつもの慈しむ目でたしなめられれば、デートが終わるまでお預けと言われている気分になる。生殺しもいいところだけど、僕たちはこれからデートに行くわけではない。真生まなぶと死体を埋めに行くのだ。物騒なのにどこか味気なくて、それでいて、行為の前戯みたいに妙にそわそわする気持ちが膨れあがって、どう高揚を処理したらいいかわからず、ソファーにもたれて唇をなぞった。
 余韻に浸っていた僕に、ズボンやシャツが投げられた。あとから投げて寄越された、下着がその上に乗っかる。着ろ、ということだろう。真生まなぶはそれだけ渡したら、一人で寝室に入ってしまった。
 今、寝室について行ってねだれば、ちょっとぐらいは付き合ってくれるかもしれない。僕がやりたいことはだいたいは言えば聞いてくれるし、彼がやりたいと言いだしたことはたいがい受け入れている。思い返せば、いつも僕のわがままを優先してくれていることが多いから、今日ぐらいは真生まなぶとやりたいと言ったことに付き合ってもいいかと、用意された衣類に袖を通した。

 着替え終えて二人そろって、家を出るときも真生まなぶは普段と変わりなかった。玄関口で唇を重ねてきて、舌も絡ませた。首に腕を回してもっととねだりたかったが我慢した。わずかなくすぶりだけが、ジリジリと柔く体のいたるところに灯り、聞こえないように小さなため息をもらして、どうにか欲を逸らそうとしていた。
 寒さが緩み始めた、三月の下旬ごろ。着慣れないスーツのようなスラックスに、なんだか丈の詰まったYシャツ、靴に至っては学生のとき以来のローファーだ。厚いと着ぶくれして嫌いな僕が好む、春物の生成りのカーディガンには、胸のところによく分からない刺繍が入っている。真生まなぶも同じような格好で、濃紺のセーターの首元が白のボーダーになっていて、アクセントが効いていて、僕より決まっている。おおよそ、これから死体を埋めに行く服装には見えないし、時間も時間だった。まだ九時になったかも分からない、明るい時間に僕たちは、彼の行きたい例の場所に向かっている。
 それでもやはり、死体を埋めに行くのだと思った。彼は僕には貴重品以外持たせず、縦長の大ぶりなリュックを背負っていたからだ。そのリュックの中に、埋める道具でも入れているんだろう、僕にはそうとしか思えなかった。
 道行く人は僕たちのことをどう見ているのだろう。休日出勤して、同僚と仕事先に向かう二人にでも見えているのだろうか。隣に付かず離れずの距離にいる真生まなぶの指に、そっとぶつけるように触れれば、離れた僕の小指を捕まえて、「いるよ」とでも言いたげに揺らして、指を離した。あまりにも自然に指を絡めてくるので、僕は赤面しそうになったが、駅の改札の人混みに呑まれ、高ぶった感情がうやむやになった。
 電車に揺られ、着いたのは聞き覚えのある駅だ。とても懐かしい響きなのに、昔のように僕たちに郷愁など浸る暇を与えずに、荒々しい人波に押されて、改札から吐き出された。人混みに揉まれても僕たちがはぐれなかったのは、真生まなぶが手を離さないで握っていてくれたから。改札を出て人の波が落ち着くころには、その手は離されていて、代わりに「行くよ」とだけ声をかけられ、促されただけだ。
 距離の短い交差点を悠々に歩いて渡り、雑木林が立ち並ぶ川沿いの道へ向かう。駅前の心ばかりの商店街が構える表通りに向かうにしても、近道でもなければ、通りやすい道でもなかったので、足を踏み入れたのは僕たちしかいなかった。
 石畳のでこぼこ道と砂利道が混ざった裏道で、足を投げ出すようにして歩く。この石がぼこぼこした不安定な道は踏みしめて歩くのに適していないし、ローファーなんて底がほとんどつるつるの靴でしっかり歩こうものなら、足が取られる。そう思うのに、僕は上手く歩けなくて、何度もつまずきそうになる。けれど、その度に真生まなぶが支えてくれるので、羞恥と胸の高鳴りで顔が熱くなってくる。
 なんで真生まなぶは大きな荷物を背負っても余裕で歩いているのかうらめしかったが、日頃のトレーニングのたまものなのだろう。彼が日課のジョギングに、室内でも筋トレに励んでいるかたわら、僕は家に来ているときは何にもしないでくつろいでいるだけだ。悔しいが、普段から努力を怠らない彼に嫉妬しても仕方がない。
 まだ朝の冷えた空気がそこかしこに漂っているが、僕はさっきから脇にびっしょりと汗をかいていた。この足場の悪い道が延々と終わらないのではと不安が膨らんでいくからだ。それは同時に、彼の望みに辿り着かないことも意味する。降りた駅名を聞いたときから僕にはわかっていた。彼がどこに行くつもりなのかが。
「ねぇ、真生まなぶ」
 ここまで会話らしい会話はなかった。道幅も不規則で、細くなる度に僕たちの距離は縮んだが、太くなればまたその距離は広がった。また元の距離感に戻りそうなところで、僕から話しかけたら、真生まなぶは視線を向けて柔らかい眼差しで僕を見た。
「ん?」
 その一言で、遠き過去の記憶が咲き出す。高校生のとき、僕たちは付き合って、人目を忍んでキスと手を繋いで、秘密の場所で制服を着たまま、体を重ねた。性的に深い接触をするようになったのは、僕が二十歳になったときからだ。高校生を卒業したら、互いに家を出て、互いのひとり暮らしの家を行き来するようになり、キスをしながら性○も触り合うようになった。もうあの頃には戻れない僕たちが今から向かう場所は、まだ相手の精の色など見たことのなかった、禁欲的な箱庭だ。服越しに絡みあって、それ以上を知らなかった、いや、知ろうとしなかった閉ざされた教えの庭。僕は急に怖くなった。もし、元に戻ろうと言われたら? 腹の底から這い上がってくる不安でめまいがして、ふらつくのも構わず、急に距離を縮めて、伸びあがり、噛みつくように真生まなぶにキスをした。
 彼の反応が鈍い。どんな顔をしているのか、見るのが怖くて、目が開けられなくて、舌を出して唇をなぞれば、意思の持った舌先に突かれて、一気に中心に熱が集まるのがわかる。なんとか真生まなぶの口に舌を入れようとしていたのに、押し返されて、逆に蹂躙されてしまう。ゆっくりなぶるような舌の動きに気を取られ、腰に当てられた手が擦るように滑って、薬指で擦るように引っかかれると、腰に甘い疼きがめぐって、構えていなかったので崩れ落ちてしまいそうになる。
 そのままグイッと抱きすくめられ、片手が絡め取られる。真生まなぶの手に導かれるままに、ファスナーを指でほじるようにして押し開けたリュックの中に、手を突っ込まれる。ひんやりした軟質なプラスチック製の細長いボトルと次に、尖った角を四つ辿ったところで、それが箱だとわかる。
「ローションとゴム」
 殴られたような衝撃がグワングワンと脳内に響く。耳元に粘っこく、真生まなぶの吐息と声が張りついて離れない。僕の手はまた冷えた朝の空気にさらされ、ふるりと震えて我に返った。
「ここ、たまに人が通るから、ね」
 唇の端をぺろりと舐め、真生まなぶは妖艶に微笑んだ。

「俺たち、実はタイムカプセルを堀り起こしに来たんです」
 「だから学生服を着て懐かしみながらと思って」真生まなぶが事務室の受付で何か言っているが、僕の頭には全く入ってこなかった。一際強い光が道の先から注ぎ込み、いつまでも抜けられない雑木林の水路の果てが見えたとき、泣きそうになってしまったからだ。暗闇の終わりに溢れんばかりの朝日が差していて、目がくらんだし、こんなに空気も澄んでいるのに、なぜ僕の心はドロドロしたままなのか、隣の真生まなぶなんていつもと変わらず平然としているから余計、焦りが強くなる。刺激的な言葉をささやかれたとき、真生まなぶも変わらぬ気持ちのまま、僕のことを見ていてくれているんだと実感できたのに、もう真っ黒な不安に塗りつぶされて、渦巻く不安に呑まれてしまっていた。
「変わんないな」
 誰もいない、ガラガラの校庭を見て、真生まなぶがそうつぶやいた。卒業式も終わって、春休みで、部活動も休みで、校舎の外は全くと言っていいほど、生徒も職員もいない。
「僕たちだって、そうでしょ?」
 あっと思ったときには、もう口から出ていた。真生まなぶが振り向いて僕を見る。どんな顔して、僕は映っているんだろう。彼が無言で笑うので、顔が引きってしまう。
「行けばわかるよ、春明」
 つかまれた手から伝う体温が熱い。恐怖と不安と臆病が口から流れ出そうで、「まなぶ……」とお守りのように口にしてふたをする。校庭の片隅、学校の隅っこにある、棚田と樹木に覆われた秘密の場所へと、どんどん近づいていくにつれて、半ば引きずられるようにして歩かされるようになった。
 いやだ、とは言えなかった。今、振り払ってしまったら、真生まなぶとの関係が終わってしまう、そんな嫌な予感しかしない。学校にたどり着くまでの、鬱蒼としたでこぼこ道を抜けるのには、あんなに気の遠くなるほど先が見えなかったのに、校庭の隅の樹木園に行くのはこんなにも短くてすぐに着いてしまうなんて。
 心もとない木漏れ日が射す、隠れ家の奥へ奥へと導かれる。急に真生まなぶが僕の両腕をつかんで、僕と向き合うようにして止まった。その目は僕を射抜くように真っ直ぐ捉えていて、痛いぐらいの視線を向けてくる。
「ここで春明を見たとき、どうしても手に入れたいって思ったんだ」
 愉快そうな声色をしているのに、表情は薄ら笑いを浮かべて、不愉快そうに見える。僕は日陰にいるのに、彼は木の影になっていて、彼の顔に影がかかっているせいで、いっそう不気味に見えてしまう。
「今まで、なんで手を出さないで遠回りばっかしてきたのか、腹が立ってさ」
 ぎゅうと腕に指が食い込む。痛くはないけど、苦しくなった。
「だから、ここにさ、埋めようと思って」
 心臓がうるさい。真生まなぶから、真生まなぶの唇から目が離せない。
「出会う前の俺たちを」
 目がすうすうした。いつもあまり目を開いてないんだなとぼんやりと頭の片隅で思った。僕は真生まなぶのことをいつもよく見ているつもりだった。なんでも知った気でいた。それなのに、今見ている彼を僕は知らない。感情と表情が一致していないチグハグな彼の姿を僕は初めて目の当たりにした気がした。
「深さはどれぐらいがいいかなぁ。春明がいいって言うまで掘ろうかな」
 ギイギイ軋む音がしていた。真生まなぶがいつの間にかリュックから取り出した、ジョイント式のスコップをはめている音だった。
「ま、まなぶ……?」
「なぁに、春明」
 柄をつなぎ終えた真生まなぶが恍惚とした笑みを浮かべて、僕を見つめてくる。
「僕が掘る、よ」
 頭が真っ白になって、思ってもないことを口にしてまった。真生まなぶはというと、目も口も丸くしていた。
「じゃあ、俺のさ、手の上から、春明の手を乗せて。料理を教えてくれるときみたいに」
 力加減が分からない彼のために、一緒にキッチンに立って、包丁の使い方、菜箸の握り方、お玉での掬い方も全部、文字通り手取り足取り教えた。いつもやっていることなのに。真生まなぶはもう僕の手を離れて最近ではほとんど一人で調理器具を扱えるようになっていたから、久しぶりだった。体格差のせいで抱き込むというよりは、しがみつくように真生まなぶの後ろに回りこみ、体を密着させて、どうにか指先がかろうじて彼の手の甲まで伸びる格好になった。
「ありがと。春明は手、ケガするといけないから、俺の手から離れたらダメだよ?」
 腰を落とす彼に引きずられるようにして沈み込み、ズッと土を掘った。シャッと横に掬った土が払われる。土が横に捨て置かれる度に、むなしさが積もっていった。今、すごく、真生まなぶとセッ○スがしたい。これだけ密に体を寄せ合っているのに、シなかったことなどなかった。セッ○スをする道具も準備もある。今朝、お風呂で後ろはキレイにしてある。真生まなぶはローションもゴムも持ってる。なんで、僕たちはこれだけ体を繋げ合う状況が揃っていながら、穴なんか掘り続けているのだろうか。
「真生まなぶ、いつまでやるの、これ」
「春明がいいよって言うまで」
「じゃあ、もういやだ!」
 カランと無機質な音を立てて、スコップが放り出された。機嫌を損ねたのかと、心臓が縮み上がる。が、真生まなぶは僕の手をつかんだまま、振り向き、リュックを手に取り、穴の縁をぐるりと回って歩き出す。回りの植え込みやら樹木やらと同化した木のベンチに、真生まなぶはリュックから取り出したレジャーシートとバスタオルの順に広げて並べていった。
「隣、座って」
 促されるまま、真生まなぶの隣に座ったけど、僕は肩で息をしてまともな精神状態じゃなかった。さっきまで慣れない作業でスコップを間接的に握って動いていたせいもあって、息が上がっている僕はこのままキスをしたら酸欠になりそうだと思うのに、もうしたくてたまらない。ウェットティッシュで手指を丁寧に拭かれる間も、心臓の拍動がうるさい。
 真生まなぶの気が済んだら、どちらからともなく、唇を合わせた。待ちわびていた唇と唇が触れ合う感触。柔らかさを感じるだけの遊びではすぐに足りなくなる。チロチロと舌を出して、真生まなぶの唇を舐めれば舌先を唇で食まれ、そのままじゅるりと口内に引きずり込まれる。
 緩慢な動きで舌と舌とを絡め合うだけで、自身がじんわりとぬれる。ひどくゆったりした深いキスに、思考が焦燥感で満たされていき、快楽に追い詰められていく。
 角度を変えて何度も何度も舌を絡め、吸って、ゴクリと唾液を飲み下す音が鳴る。真生まなぶののどを混ざり合った体液が通っているのかと想像すると、また自身が疼く。
 真生まなぶとのキスに溺れながら、そろりと行儀悪く、彼の太股を指の腹で撫で、引っかく。でも、彼は僕の手が中心に滑りそうになる手前でつかまえて、やんわりと押し戻した。味わっていた唇が、銀糸を引いてぷつりと離されてしまう。あれほどまでに昂ぶっていた熱が急速に冷える。機嫌を損ねたのかと心臓が揉まれる思いだったが、耳元で熱い吐息を吹きかけられ、すぐに間違いだと気づかされる。
「今日は、いっぱいしようね」
 頬、こめかみ、耳、首筋、項に吸いつくように唇を滑らせ、ときおり舌を這わせ、僕の肌を味わっていた真生まなぶは、僕のシャツボタンをいつの間にかすべて外していた。
 ここが外で誰か来るかもしれない、裏手を誰かが通るかもしれない。見られたら、聞かれたらと思うと恥ずかしくてたまらないのに、一番好きな項を強く吸われ、頭が真っ白になって、小さく喘いだ。
「春明が一番気持ちいいときに、また噛んであげる」
 期待で胸が高鳴る。項は生命が脈打つ場所で、噛みつかれるなど、本能的に恐怖が伴う。それなのに、危うい箇所を大好きな彼に所有印のように痕を残されるのが、この上ない幸福だった。命が取られそうになる怖さと相手に所有されたい欲が混ざって、大きな快楽を生むのだ。
「ぁ、んッ……」
 胸の尖りをクニクニと唇で弄られると腰が揺れた。真生まなぶは僕の体を愛撫するとき、あまり指では触れてくれない。指では肌が傷つくからと、項と後ろと性○以外は、湿り気のある唇と舌で翻弄してくる。
 硬くなったつぶをちゅるりと吸われれば、甘い疼きが広がり、背がしなった。啄むだけでは終わらず、突き出した舌で弄ばれ、舐めしゃぶられ、暴力的な快楽がうねって押し寄せ、頭がおかしくなるぐらい気持ちがいい。右が終わったら、今度は左へ。真生まなぶの柔らかい髪がさらされた肌に当たってくすぐったいのに、それさえも、僕の体は悦として拾ってしまう。
「垂れちゃう」
 ベロリと口の端を舐められる。与えられる愛撫に夢中で、意識が飛んでいて、自分がだらしなく涎を垂らしていたことに気づかなかった。
 今度こそ、真生まなぶはズボンの上から、ももを擦ってくる。揉むような大胆な手つきでまさぐられ、首元には顔を埋めた真生まなぶの熱い吐息がかかって、上も下も、犯されている感覚に陥った。
「ま、なぶ……触って……ンッ!」
 太股の上を張っていた手が布越しにやんわりと、僕の昂ぶりに触れる。手のひら全体で圧をかけるようにして揉まれ、すでに張りついてぐちゃぐちゃの下着を意識してしまい、腰が浮く。まだ触られてもいないうちに、下着の中をぬらしてしまって、僕は恥ずかしくてたまらない。
 でも、早く直接指を絡めてほしくて、羞恥を堪えて、ファスナーを自分で下ろした。下着が外気にさらされて体がぶるりと震える。真生まなぶはぬれそぼった下着の上から僕の自身をひと撫でしてから、下着に手をかけた。
「春明……ぬれてる、ね」
 真生まなぶの手に直に触られたら、もう何をされているかわからなくなった。やんわりと扱かれたり、亀頭をヌルヌルと親指で刺激されたりすると、溶け落ちてしまいそうな快感に呑まれる。僕の自身を弄っている間、真生まなぶはずっと、舌を絡め合うキスをしてくれた。だんだんと腰が浮く回数が増え、内ももが震えだす。
「ぁ……で、ちゃう」
 真生まなぶに助けてとしがみつく。彼の扱く手が速くなり、強めにヌチヌチとしつこく亀頭を責める。深い口づけをやめて、唇を離した彼は僕の頭をかき抱き、首元には顔を寄せて、項に噛みついた。瞬間、僕は彼の手の中で果てた。
「あぁ……ん………はぁ」
 体中をぞわぞわした悦が駆け抜ける。イッた余韻に浸たりながら、肩口に体を預け、がっしりした太股を撫でながら、ささやく。
「真生まなぶの……シたい」
 彼がわずかに身じろぐ。髪に口づけを落とし、それから「じゃあ」と僕の手を取って、うっとりした声で彼は言った。
「手伝って」
 ベルトを外せば、ぱさりとズボンが落ちる。前がぬれて色の変わった下着も脱ぎ去り、シートとタオルを敷いた木のベンチに乗り直して、四つん這いの格好になった。僕は上と靴下以外、何も身につけていないのに、真生まなぶはまだ何も脱いでいない。そう意識するとゾクゾクした背徳感と羞恥がこみ上げるが、パチンと音がすると一気に雲散してしまう。
 ぬるりとした液体が尻のあわいに塗りつけられ、じっくりとぬらされる。切なくて後ろをきゅうと収縮させれば、真生まなぶが息を呑むのが聞こえた。それを合図につぷりと指が侵入してくる。今朝、風呂で弄って準備をしてしまったので、指一本なんて悠々と入ってしまう。クスッと笑う声がした。カッと頬に熱が集まる。
 ひどく焦れったい、ゆっくりとした動きで内壁を押し広げるようにして、指が動く。もう二本目だって入るのに、真生まなぶは中指だけでナカの気持ちのいい場所をやわやわと刺激してくる。声にならない声を上げながら、よがっていると真生まなぶの呼ぶ声がした。
「春明の指も、入れてほしいな」
 真生まなぶの左手に絡め取られ、導かれるまま、そこへと指を沈めていく。いつも一人でしているのに、目の前には真生まなぶがいて、見咎められているようで、ぞわりと肌が粟立ち、自身がじわりとぬれた。
「こうやって広げて……出したり入れたりして……」
 真生まなぶの指の節とぶつかる度に、自身が疼く。二人で秘部に指を入れて、ぐちゃぐちゃとかき回して、解しているのだ。考えるだけで倒錯的でクラクラしてくる。バラバラに動く指が硬いしこりを掠めると、じゅわりと自身の先端から愛○がこぼれた。
「も、だめ……真生まなぶのも、シたい」
 自分で二本目の指を入れて、ナカが充分に柔らかくなったと広げてみせる。舌なめずりが聞こえた。彼が指を抜くと同時に、自分も抜き去る。振り向くと真生まなぶも上のボタンを外し、下を脱いでいて、○起した彼の自身がぶるりと跳ねた。スキンを装着し、たっぷりとローションをまとわせた彼が「おいで」と呼んだ。
「後ろからお座りして」
 僕の好きな体位だ。逸る気持ちを抑えて、靴を履き、真生まなぶの前に立つ。シャツも脱いで、今は本当に靴と靴下以外ははだかだ。彼のももの上にまたがる。彼の自身を支えつかみながら、その先端をくぷりと飲み込んだ。
「はぁ……あっん」
 真生まなぶは僕の腰をつかんでいて、急に入ってしまわないよう、支えてくれているが、もうそれどころではなかった。指で弄っていたときとは比べ物にならないぐらい、圧迫感と充足感がこみ上げる。真生まなぶの自身が自重でミチミチと進んでくる。延々と押し広げられるんじゃないかと思う、永遠の幸福もすぐに終わりが見えた。全部収めきると、腹の中にじんじんと疼きと快楽が広がって、自身がどんどん硬さを持つのがわかる。
 上に乗せてくれたということは、動いていいということだ。真生まなぶのことも気持ちよくしたくて、腰を揺らすと彼ががっちりと腰を抱いて、腹に手を回して動きを止めてくる。なんでと振り向こうとしたら、彼の真剣な声が耳に入ってきた。
「この学生服、もらってきた。実家に行って」
 地面に脱ぎ捨てた服の残骸を見て、急に冷めた感情が下りてくる。急いで退こうとしたけど、真生まなぶの込める力は強くて、地面に足がつかない。
「逃げないで、春明」
 やだ。こんなの、どうして、絶対に。キレイに均して埋め立てたはずの感情が荒ぶり突き上げて、なんとか保っていた心がかき乱され、制御できない。
「見たの……?」
 どうにかして絞り出したのが、その言葉だった。この学生服はアレの山に埋もれていたはずだ。両親が、特に母親が、あれほど来訪を待ちわびていた真生まなぶに、ただ黙ってこの服だけよこすわけがない。あのコレクション・・・・・・を見せたにちがいない。男子校に行きたかった僕を絶対、共学にと強制して放り込んだ両親。僕を女の子にさせたい彼らは、いつか女子生徒の服を選んで着ても良くなる日を待ちわびていた。
 似合うからと女性物の下着や衣類ばかりが実家のクローゼットに詰まっている。学校は僕にとって唯一の救いだった。僕が望む性の格好をしていい場所。男物に初めて袖を通したときの感動が忘れられない。なのに。
「欲しいって言った服、なかなかくれなくて飽きた」
 がく然とした。真生まなぶは、両親が揃えたあの女性物しかないクローゼットを見たのだ。外で会えば、学校での僕を誰も知らない。僕はいつも孤独だった。あなたは女の子なのだからと、女の子を好きになってはいけなかった。両親の目が怖くて、女子から告白されても断って、家で隠れて泣いた。
 誰かと一生、付き合えないのだろうと思っていた。そんな折り、真生まなぶと出会い、告白された。真生まなぶは男で、僕にとって強すぎる、地平線を焼きつくす残光みたいに眩しかった。僕みたいな暗く沈んだ人間に光を分け与えても、枯れない芯の強さを持っていた。こんな閉ざされた落園に、絡み合う樹木をかいくぐって照らす光のごとく、彼は光り強き者だ。どうして、僕なんかに引き込まれてしまったのだろう。
 僕が真生まなぶと付き合ったことはすぐに親にバレた。親はよろこんでくれた。そのよろこびようは気持ち悪くて耐えられず、大学生になって実家を出て、真生まなぶと同棲すると嘘をついて一人暮らしを始めた。あぁ、本当に、真生まなぶにひどいことをした。
「もう、だめ……だ」
 僕の過去は偽りで満ちている。こんな欺瞞ぎまんを暴かれたら、僕はただの枯れ木になってしまう。飾らなければ、可愛くない、美しくない。幼少期から刷り込まれた強固な固定観念は、どうしたって剥がせない。僕はそれほどまでに弱くて、どうしようもない人間だった。
「知らなかったら、どこかで終わってたよ、俺たち」
 もう何もかも終わりなのに。真生まなぶは離してくれない。僕は力では彼に絶対、勝てない。でも、その一言が言えない。僕が『いやだ』と言えば、真生まなぶは離してくれる。でも、言えない。それを口にしたら、本当にこの関係は終わってしまう。
「春明が、ずっと……これからも隣に居て欲しかったから、壊してもいいと思った」
「じゃあ……もう、ぜんぶ壊して、めちゃくちゃにして」
 苦いものが鼻の奥を下りてくる。真生まなぶになら、ぜんぶ搾り取られて、空っぽにされて、操り人形みたいにされてもよかった。彼が持って進むべきだった光を食らい、奪ってしまった僕ができる償いなんて、それぐらいじゃないと釣り合わない。
 僕が楽園から彼を落とした。すべてが作り物の暗く陰鬱とした箱庭から手を伸ばして、手が届いてしまった光。あの日、名前を知りたいなんて軽い気持ちに浮かされて、手を取らなければよかった。こんなに重く、僕を彼を潰してしまうことになるなんて、思いもしなかった。
 「やだ」と小さくこぼされる声は、僕が思わず口から出してしまったのか。胸がひやりとして縮み上がった。収まっていたはずの悦楽がじんじん押し寄せてきて、それはちがうのだとすぐわかった。真生まなぶは腹に巻きつけた手の拘束を緩めて、腰を揺らしだした。
「俺から離れられないぐらい、大事にする」
 ぐちゃぐちゃにして、何もかも壊して欲しいのに、絶え間なく生まれる悦が僕を穿って生かす。
「同じ後悔はしない、二度と。愛してる、春明」
 決して激しい動きではないのに、下からゆるく突かれる度に、気持ちがよすぎて甘い声が抑えられない。硬さを取り戻した自身から、止めどなく蜜があふれてくる。
「ごめんね、ずっとさびしい思いをさせて」
 ちがうと、首を振る。そんなこと、あるはずがなかった。真生まなぶといるといつも、溢れるぐらい満たされた。ダメだとわかっていても、彼の満ちた光に触れていたくて、手を伸ばしてしまう。自分の過去の汚点は知られたくないのに、自分から去ることもできない。嘘ばかりで塗り固められた僕を真生まなぶは、汚れたかたまりごと抱いてくれた。
 さびしい思いをさせていたのは、僕の方だ。真生まなぶを不安に駆りたてるぐらい、高く壁を築いて、硬い殻に閉じこもって、距離を置いてしまっていた。
「まなぶ、ぁ……ごめん、だいすきっ、」
 僕は好きだ、真生まなぶが。あれだけ境界を敷いて都合よく離そうとしたのに、好きな気持ちだけは偽りじゃなかった。僕は真生まなぶを心の底から愛している。どんなに感情を殺して迫り上がってくる過去をふたをして埋めても、彼を好きな気持ちは枯れることはなかった。だから、過去の幻影がチラついて苦しんでいるときも、離れられなかったし、『いやだ』と拒絶の言葉も吐けなかった。どうしようもなく、僕は真生まなぶが好きだった。
「俺も、好き。春明ッ」
「ゃあ、ぁんっ!」
 連ねた管の通る急所、生命を成している管をまとめてがぶりと噛まれる。滞留した思いが弾ける。枯れて落ちた園に、飛び散って地をぬらした。スキン越しに熱い血潮が注がれる。
 長い絶頂のあと、真生まなぶは自身を引き抜いていった。さびしくてきゅうと後ろを締めて、彼の名前を呼べば、「いいよ」と声が降ってくる。
「春明がいいって言うまで、シよう?」
 体位を変えて何度も交わった。もう何もかもをここで掘り起こして、すべて持って帰ろう。たくさんの抜け殻を放り出して置いてきてしまった。だけど、回りを見れば、僕に似た何かがボコボコとたくさん埋まっていた。僕は結局、上手く置いていけなかった抜け殻を累々と築き上げて、傷を塞ぐ、フタとしていたにすぎなかった。
 彼は僕のぜんぶを欲しがった。だから。傷も痛みも癒やすことなく、塞ぐことなく。剥き出しのままで、包んでくれる、空みたいに果てしない彼を求めて、与えられる快楽によがった。
 どれぐらい時間が経ったかわからない。昼のチャイムも耳に入らなかったが、お昼は過ぎただろう。彼のひざに横たわり、微睡んでいた僕は、閉じた世界にいた日々を急に思い起こした。
 いつも、僕の視界には焦がれる光が射していた。僕は手を伸ばしたかったけど、見ない振りをしていた。それが本当に、両親ではない誰かが照らす灯火なのか、わからなかったからだ。手を伸ばした瞬間、あれをつけよう、これが似合うと首に巻かれる、アクセサリーみたいにピカピカした眩い光だったから、怖かった。
「真生まなぶ……もしかして、小さい頃に会ってる?」
 おそるおそる問えば、くすりと笑う声がした。さわさわと髪を撫ですきながら真生まなぶは、仰ぎ見た僕を見つめ返した。
「やっと見てくれた」
 枯れていた灰色の痛みが、色づいて咲いた。美しく鮮やかな陽の園。至るところに刻まれた傷跡が、照らされて暴かれる。そろりと傷を撫でてみても、強く痛むことはなかった。
 僕は死んだ。そしてまた生まれた。彼もまた、死んで、生まれた。何年経っても、僕たちが巡り会ったこの場所は枯れながらも生きていた。そうして、僕たちもまた生きていく。
 陽を固く閉ざすほど樹木が絡み合い、誰も寄りつかない、誰かが作った箱庭。ここは僕たちの楽園の始まり。この下には、持ち帰れなかった僕たちの秘密が埋まっている。

 ──ふと、疑問が胸に落ちる。
 真生は僕を見つけて最初に、名前を呼んだ。幼少期に会っていたとしても、僕はほとんど〝女の子〟で、誰とも口を利けない子だったはずだ。
 僕はいつ、彼に『春明』だと名乗ったのだろうか。だって、僕の名前は──


生と密事

 二人で埋めた箱庭から、また始まった俺たちは、過去の抱えきれない残骸を放っておいて、あの場所をあとにした。俺はまたここには来ることができる。週に一度ぐらいはボランティアで母校の校庭の掃除を手伝っていたからだ。
 ここを訪れる度に思った。俺ひとりでは掘り返せない、タイムカプセルがそこには埋まっているのだと。春明はこの隠された場所に閉じこもって、泣いていた。なんで泣いているのか、俺にはわからなかった。俺には言えないことで、泣いているんだということだけは、理解できた。
 俺も春明に言ってないことがたくさんあった。言うべきなのか、わからないことも、たくさん。
 本当は、埋めに行くつもりなんてなかった。何かを埋めるためにはまず掘り起こすから、それが目的だった。ただ、そこにすでに埋まっているものを掘り返したいだけだった。
 お前はいつも人の傷を抉るだけだ。俺の目は、眼光は強すぎるらしい。俺の瞳の前では、人間は丸はだかにされるらしい。見透かされているようだ、気に入らないとも言われたことがある。だから、波風立たないように、表情を殺すことにした。
 だが、目つきが悪いらしいので、ケンカを売られるのは日常茶飯事。こちらから仕掛けたことは一度もないが、何もないところに、いきなり向こうから敵意をむき出しにされて、応戦するしかなかった。相手の動きが、体のブレがよく見えてしまうので、全部受けきることができたが、力加減を知らない俺はいつしか彼らを倒していた。
 ただケンカをしたいだけの人たちのことは、邪魔だとしか思っていなかった。俺は一秒でも長く、春明のことを見ていたいから。小さい頃に会った、果てしない夜を抱える少年。こちらを見てくれたことは一度もなかった。心が、夜に沈んでいる。あの夜に手を伸ばせば、俺の強すぎる光もどうにかなるんじゃないかと思っていた。
 ずっと、『春明』は一人だった。小学校も、中学校も、そして高校の途中まで。そっぽ向いたままの素知らぬ顔の夜に、募る興味関心は、いつしか好きに変わっていた。春明と話がしたい。春明に触れたい。高校二年の秋、俺は春明の箱庭に立ち入って、ついに彼を捕まえた。

 学校の端、樹木に囲まれた、木のベンチで、あの時は許されなかった、初めての、春明とセッ○スをしてから、学生時代みたく、そこでも持ってきた弁当で軽い昼食を済ませて、手近なホテルを取って、なだれ込んだ。
 ローションもゴムもまだいっぱいあったし、春明は家だと声を我慢しているので、もっと彼の声が聞きたくて、そういうホテルを選んだ。
 二人でシャワーを浴びながらも、絡み合う。春明の艶めかしい声がよく響いて、自身がズンと重くなった。このまま風呂で彼を抱いてもよかったが、ふかふかのベッドで気持ちよくさせたかったから、抱き上げて運んだ。
「んん……まなぶ、すきぃ」
 よかった。春明はいつもより声をいっぱい出してくれる。彼の自身を舐めしゃぶりながら愛すると、口の中で彼は達した。精の濃い匂いがぶわりと広がって、堪らず飲み下した。

 ザリザリと土を削る音がする。彼に最初に教わったのが、『春明』の書き方。名前のおんはどこかで聞いていたような気がした。……嘘、これは俺のとっておきの秘密。とにかく俺は、はるあきを知っていた。それだけで充分だ。
 思い起こしていたら、胸に甘い陶酔が落ちる。柔肌がしっとり汗ばんで、目元を腫らして、春明は啼いている。記憶の中よりも生々しい、彼の感触を味わい尽くす。
 春明との生の行為は、延々と続く。理不尽なケンカに明け暮れていた日々のように、終わりが見えない。春明のどこにそんな体力があるのか分からなくて最初は驚いたが、求められれば求められただけ、俺は返したかったから。
 春明には内緒で、毎日、体力作りに励んでいる。


物語の秘密

 ※これはあとがきです。
 内山 優です。云年ぶりに書いたエロでした。初期の頃の作品『夜威』では、あんなにひどくさせても平気(語弊)だったのに、最近の私が書く行為は甘すぎないか!?
 幼い内に感覚がバグってしまって、色々と果てを知らないまま育ってしまった二人でした。ちょっと歪な地盤の上に築き上げた関係ですが、そこに抱えきれないほどの愛があって二人を繋いでいるので、もし台座が崩れてしまっても、落ちながらも、密接に結びついた二人の愛は離れない気がします。
 そして、裏設定でなんと、春明の本名は『春愛はるあ』です。祖父によって名づけられた生名の春明はるあきから、就学前に両親によって改名させられています。しんどいオブしんどい。お読みいただき、ありがとうございました。


「二人で埋めた秘密の箱庭」

著者:内山 優
発行日:2022年10月30日

この物語はフィクションです。
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