夜灯 小説 Novel
暁星

BLメイン、ダークファンタジー・シリアス・R18作品があります。

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気長に移していきます。
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「月負いの縁士」本編読了後の閲覧をおすすめします。主人公がふたなり♂なため、男性妊娠表現がふわっとあります。本編後のお正月あたりの話です。

暁星

 袋が擦れる物音にかおるは振り向く。常人の耳では聞き取れないほどのわずかな音。ポリ袋がひとりでに形を変えたわけではない。意思を持ったなにかがポリ袋に当たった音だ。
 彼の耳は敏い。暗い掘っ立て小屋の中、ひたすらに物音に耳を澄ませて、お腹を温かく満たしてくれる、兄を待っていたからだ。
 首筋に這い上るような、そわりとした物音。あれは兄がいつも持ってくる、竹包みの擦れる音によく似ていた。コンロの火を止め、黒目がちな瞳が、乳白色のかたまりを見つめる。居間の上がり口に成清が置いていった、仄暗い影を被るレジ袋の山が一つ多い。
 また音がする。かさりと言う度に、郁の紺桔梗こんききょう色の前髪がふるりとふるえた。彼の表情に怯えや恐怖の色はない。ただじっと音の方を見定め、台所の伸びた明かりの道から退いただけだ。途端に居間全体に広がった明かりが、増えた山の一つを照らし出す。
 隠れんぼに負けた、白い二本の角がふさりと立ち上がる。中身の入ったレジ袋を後ろ足で蹴りやり、出てきたのは、真っ白な毛並みを持つ小さなうさぎ、もち丸だ。
「ふふ。いるのはわかってたよ」
 観念して郁の足元まで跳んできたもち丸は、つやつやの小豆のような黒目がちな瞳でいっぱいに彼を見上げる。
「お腹空いちゃったんでしょ?」
 郁の温かい手に撫でられ、もち丸は目を閉じてふくふくと丸くなった。
「もち丸、こっちこっち」
 潜められた声を拾おうと、もち丸の耳がそばだつ。
「ご飯の前だから、ほんのちょっとだけだよ」
 いつもあまり開けてもらえない、台所下の秘密の扉が開く。郁が腰を屈めて入ってしまうので、もち丸もその暗がりに顔を入れようとして跳ね上がった。郁が振り向いたからだ。
 彼の手に抱えられているのは、半透明のプラスチック製のタッパー。色のついたふたが開くと、濃い甘い香りが漂った。
 もち丸の鼻はヒクついていたが、お行儀よく姿勢を正して待っていた振りをする。魅惑の暗がりに押し入ろうとしていた素行の悪さは見る影もない。
「ご飯、もうちょっとだからね」
 郁に抱えられ、ひざの上で口を忙しなく動かしていたもち丸が急に動きを止めた。もち丸が固まる訪問者は一人しかいなかった。
 居間のガラス戸に人影が映る前に、もち丸は郁のひざからころんと転がり落ちて二階へと駆け上ってしまう。
 バチンとガラス戸に軽くぶつける音が鈍く響く。郁が弥生堂に居つくようになってから知ったことだ。居間に入る前に、成清なるせがわざと物音を出しているのだ。
 彼ともち丸の仲は悪い。彼はうさぎが苦手で、もち丸は彼が来ると姿を隠さなければならないのでよく思っていない。だからこそ、互いのために、もち丸が鼻で人のニオイがわかるとはいえ、成清なりの気づかいで、自分が来たことを知らせるのだ。
 もち丸が急いで郁のひざから跳びおりて、二階へ駆け上がったところでガラス戸が引かれた。
「成清くん、おかえり」
「いや、ここ、俺の家じゃねえし」
 ただいまと返さずに、「陽惟はるいさん、寝てんのか」と彼がのぞくのは居間に隣接した寝室だ。
「満月のあたりは良くないみたい」
 陽惟のことを口にしながらも、郁は成清の方をチラリとうかがい見た。呼吸音も乱れておらず、元々色が白いせいで変化が感じられないが、顔色もさほど悪くはない。年末に満月が当たり、大みそかの直撃は免れたものの、月喰つきくいの討伐に加え、フルムーンイーターとの戦いもあったはずだ。彼も疲れているだろう。
「ま、正月には顔出すだろ。食い意地だけはすげーし」
「そんな、陽惟さん、あんまり食べないよ」
 豆粒を摘まむ仕草で、ほんのちょっとを少しずつ、と郁は言う。スンと成清が鼻を鳴らす音がした。彼にもきっと、ご飯前のおすそ分けがバレてしまうだろう。
「あー、そうか。しょっちゅう甘味をつまんでるせいだな、そりゃ」
 ぶるりと成清が身を震わす前に、郁はこちらをのぞいている目と目が合った。階段下の暗がりから顔だけ出した、もち丸と見合わせて郁は笑う。
「んだよッ」
 暗がりに引っこんだ気配を察して成清が後ずさるのに構わず、思い立ってしまった郁は、もち丸に続いて彼も誘った。
「成清くんも味見する?」
「し、しねぇよ!」
 すり、すり。成清が少しずつうしろに下がっていく足音だ。
「食うか、食わないか、どっちかだけだ。味見だの、中途半端なのは好かねえ!」
 成清らしい答えだったが、郁はひとり暮らしで月喰い討伐に出ずっぱりの彼の食事情が少々気かがりで、引き留めてしまう。
「お正月ぐらい、泊まっていけばいいのに」
 「って陽惟さんが」と郁がつけ加えたのは、成清が陽惟に言われたら、結局は降参するからだ。うそはついていない。郁が本心のまま成清に気持ちを伝えると、どうも彼は否と頑なになってしまうから、郁も彼との接し方を学んだのだ。
「俺がいたら、もち丸が陽惟さんと居られなくなるだろ」
 成清はニオイでわかる、郁は音でわかる。もち丸は階段下の暗がりでじっと居間の様子をうかがっているのだ。
「てか、大丈夫なのかよ」
 帰りたい雰囲気をかもし出す成清にそう声かけたかったのは郁の方だった。だが、彼が自分のなにを気にしているのかが郁は気がかりになる。彼はなにを感じとったのだろう。郁はつい聞いてしまった。
「なにが?」
 当たり前のことを聞くなと言わんばかりの返答が成清から飛んでくる。
「休み明けたら、試験とかあんだろ」
「レポートが多くて、試験は」
 一つ二つと郁は指折り数え出して、手を止めた。成清の所属する学部の方が、試験が多いのではないか。人間科学部はレポートと試験の両方を課す評価方式だったはずだと、郁は講義選択用のシラバスの内容を思い出す。
「成清くんの学部の方が試験は多いんじゃない?」
「俺は多かろうがいんだよ。ルカオは陽惟さんのお守りにばっか手をかけんなってことだ」
 「俺はいったん帰る」と成清は居間のガラス戸を引いてさっさと行ってしまった。途端にもち丸が物陰から飛び出し、郁の足元で舞い踊る。
「びっくりした」
 ヘナヘナと屈む彼のひざ元にねだってあげてもらったもち丸は、遠慮することなく郁のエプロンの上でごろごろと転げ回った。
「成清くんにバレてるかと思った」
 暗幕の覆いを閉めきり、夕闇が迫る弥生堂の丘に出た成清は、鼻を擦って小さくこぼした。
「匂いでわかるっての」
 郁が隠したかったことを成清の鋭敏な嗅覚が暴いてしまった。彼のことだから、あまり迷惑をかけたくないのだろう。だが、彼が心の内に秘めようとしているのは、どうしたって周りからの助けが少なからず必要になる。
「しゃーねぇな」
 二人を近づけたのは他ならぬ成清自身だ。二人と彼らの間のこれからに、言えない祝福の代わりに、少しだけの世話焼きを。
 月見草がふるりと顔を出す。弥生堂のくぐりを抜け、風の音に紛れながら草原を進む、真っ白な毛玉の姿をそわりそわりとして見送っていた。


 年が明け、二日目の夕刻過ぎ。町は朝から晩までめでたいニオイで煙たく、そこかしこがうっすら灰色めいているほどだった。鼻の利く男、成清なるせにはたまったものではない。正月に満月が当たらずよかったなどと考えながら、彼がたどり着いたのは、丘の上の家、弥生堂だ。  腰の刀を揺らしながら、寒さで覇気の弱くなった草野を踏みわけ、成清は守護の門を通り、ふと足を止めた。丘一帯にこびりつていた異臭がしないことに、今さら気がつく。  ハロウィンと 蒼 月 ブルームーンが重なって、怨嗟えんさのかたまりであるホーリーヘアを封印しても、気が休まることなく、夜の怪物たちは襲いくる。日々の月喰つきくい退治に終われ、学業もある彼は息つく暇なく、走り抜けてきた。  ホーリーヘアが現れたあの災夜さいよ、死にかけた養父・陽惟はるいの快復を待ったあとに、改めて聞かされたとんでもない秘密は成清を驚がくさせた。弥生堂の地下に、ホーリーヘア、ただしくは手負いの、宇津木正吾の妻を匿っていたのだ。  常日頃、くせぇ、くせぇと成清が文句を垂れていたその異臭はホーリーヘアの怨嗟えんさだったのだ。  災夜に暴かれた、真実と秘密が一つ一つの成清の胸の中におりていく。彼が目下、一番に目を配っているのはかおるだ。彼の正体は裏月うらづきにとって都合の悪いものだ。月喰い退治と並行して、学業もこなしながら、鉢合わせをしない距離を保ちながら成清は、郁をひそかに護衛していた。今度こそ、その命を誰にも奪わせないために。  弥生堂のくぐりを押し上げ、首の痛くなる高さまである本棚の道を物音を立てながら歩く。成清なりの気づかいで、自分が来たともち丸に知らせるためだ。  ガラス戸に映る人影が、居間から遠ざかって端へ消える。もち丸は陽惟たちの寝室へと飛び込んだようだ。ならいいかと前触れもなく成清は戸を引く。  居間で寝そべり、寝室のくぐり戸に手を伸ばし戯れている陽惟がいた。ぺしゃりと戸が落ちると彼はあくびをかましながら起き上がる。 「正月だってのに、ルカオ、しみったれてたじゃねぇーか」  成清が弥生堂を訪れるのは本日、二回目だった。日中、満足に動くことのできない陽惟の代わりに郁を手伝い、夜まで居座ろうとしたが、二階でもち丸が床を踏みならす音を聞き、また夕刻過ぎに行くと言って帰った。郁は成清が畳みかけの洗濯物をかっさらおうと反応しなかったり、台所の水を流したままぼーっとしていたり、ずっと浮かない様子だった。 「よく見てますねえ」  ふわわわとのんきに特大のあくびをかます養父を見ていると成清は、強く怒れないながらもイラッとはしてきた。成清が聞いていたところによると、郁は正月は着物を着てみたいと言っていたはずなのに、着物姿を期待して彼が訪れてみれば、いつもより着込んだ郁の姿があったのだ。 「夜遊びが過ぎんですよ、陽惟さんは」 「郁くんまで付き合わせているつもりはないのですが」  陽惟の目はほとんど開いておらず、涙が目じりにたまっていた。彼は本縁を結んで、細い命は繋いだが、歴然で負った深傷までは癒えなかった。目に隈はないものの、顔も青白く、現に長くて数時間の起床を何度かできればいいほどで、着実に陽退ようたい症は進行していた。 「俺が支度しとくんで寝てきていいですよ」 「だって、郁くんが寝てるのに今行ったら、起こしてしまいますよ」  ととと。慌ただしい足音のあと、ちょうど寝室の戸ががらりと空いて郁が飛び出してきた。 「お風呂、入るの忘れてた!」 「まあ、一日ぐらい」 「でも、せっかくなのであったまってきます」  郁は成清の姿を目にも入れず急いで浴室に入っていってしまう。 「お布団の誘惑が〜」  一方の陽惟は郁が開け放った戸の向こうへ、ごろごろりと転がりながら布団へ収まってしまった。  布団に包まった陽惟を確認して成清は寝室の戸をそっと閉めようとした。が、もち丸が敷居の近くでじっと見上げていたので、勢いよく彼は締めてしまった。それから気持ち程度の防衛にと、もち丸用のくぐり戸の前に、二つ折りにした座布団を置いて塞いでしまった。  かすかな声がして湯の匂いがゆらりと広がる。鼻を鳴らしてなにかを口ずさむ声とドライヤーの音が重なり、やがて止んだ。 「ちょっと冷えちゃったかな」  お風呂から出てきた郁はすぐに髪を乾かしたようだが、肩を震わせ、肌を擦っていた。成清から見れば彼は風呂に入りたてのホカホカの状態だ。風呂で温まってきたというのに、郁の顔には影が落ちていた。 「浮かねえ顔してるな」  カコンと寝室のくぐり戸から音がしたが成清は無視して、ヒーターを気持ち程度、郁の方に押した。  郁は居間のちゃぶ台にへたり込んでから、ブランケットをたぐり寄せ、何度も口をもにょもにょとさせていたが、ようやく話し出した。 「ちゃんとね、わかってるよ、もう四年生で色々と大変だから、今はそんな時じゃないかもって、でもね」  いつもまっすぐに人の目を見て話す郁が手元に目を伏せたまま、押し黙る。成清は早く切り上げた方がいいだろうと口を開きかけた。 「今じゃなきゃ、僕も嫌だった。今が良かったんだ」 「へーいへい。陽惟さんとの子どものことだろ、わってるよ」  成清はもういいやと開き直る。なんでと郁は驚がくの表情だ。 「俺は鼻がいいからな」  郁の目が潤むので成清はいたたまれなくなり、そっぽを向いてしまった。だが、耳だけは彼の方へ傾けて、話の続きを待っていた。 「あのね、無事生まれてきてくれるのか、僕、初めてで心配で心配で」  郁の言葉尻が小さくなっていく。居間に隣接した寝室にいる陽惟にあまり聞かれないよう、声を潜めているにちがいなかった。 「俺は鼻が利くって言ったろ?」  顔を上げた郁と向き直った成清の目が合った。ニィと成清は得意げに口角を上げる。 「ルカオは大丈夫だ。子どもは生まれてくる」  郁の目は潤んだままで、目に涙が溜まっていたが、成清は今度は目を逸らさなかった。 「自分が望んで繋いだ縁を信じろ。あと周りを目いっぱい頼れ、ルカオはそれだけしてれやいい」  黒い目が濡れて歪み、ポタリと雫が落とす。「成清くん、ありがとう……」と言う郁の目から涙が流れ落ちる。成清が居間に積み残してあったタオルを雑に放って郁に渡すと、寝室の戸がいきなり開く。 「それは私が言う役目ですよぉ」 「そう思うんなら、子どもの面倒見られるように、へばんないようにしないとだなぁ」 「ハツキの癖に生意気ですねえ」  涙を流す郁に陽惟はさっと寄り添い、彼を抱きしめる。郁は彼の腕の中で、嗚咽をもらしながら問うた。 「お着物、着てお参りしてもいい?」 「ええ。あまり締めつけのない和装に、真綿の肌着で暖かくいたしまししょう」  郁はやっと笑顔を見せた。 「さて、着付けが終わったら今から少しだけ行きますよ」 「さっき、ルカオは風呂に入ったばっかだぞ?」 「何度入浴しても悪いことはありませんし、それに」  先に郁を寝室へ入れてしまった陽惟が、小さな声で成清に告げた。 「あなたも見たかったのでしょう?」  鼻で軽く笑われて、成清は舌打ちを鳴らした。本当に性格の悪い養父だと。足下が妙に暖かく感じてこのあと叫び、飛び上がるのは言うまでもない。 月負いの縁士 本編その後ss「暁星」 著者:内山 優 公開日:2023年2月25日 この物語はフィクションです。 転載・アップロード・私的利用以外の複製は厳禁

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