夜灯 小説 Novel
初めての贈り物と密謀

BLメイン、ダークファンタジー・シリアス・R18作品があります。


「月負いの縁士」本編読了後の閲覧をおすすめします。主人公・郁の兄が弟からプレゼントをもらって戸惑う、本編後のとある病室でのバレンタインの話です。

初めての贈り物と密謀

 こげ茶色の髪に、紅い目の男、永槻ながつき界人かいとは、病室のベッドで体を起こし、廊下の足音に耳をそば立てていた。軽いノック音のあと、入ってきたのは、彼が仮の縁を結んだ相手、グレーヘアに大ぶりな眼鏡の布施ふせあさひだ。
「調子はどうかな?」
 伏し目がちに旭を見やる界人の表情は固い。
「起きていられる時間が長くなりました」
 「それは良いことだ」とうんうん首を振り、「もう少し心を許してくれるとうれしいかな」と言うまではいつもの流れだ。
「これ、受け取ったんだ、君にって」
 旭が界人にさっと掲げて見せたのは、手提げの紙袋。シンプルな白色にうっすら小花柄が散らしてある、小ぶりなサイズの袋で、旭の両手にすっぽり収まるものだ。
「どなたから、でしょうか」
 ずいっと押しつけられた正体不明の贈り物に、界人は思わず身を引いてしまう。重く罰せられるはずの身であるのに、物など贈られる覚えがないからだ。いったい誰がなんのために。
「そんな難しく考えなくても。弟くんからだよ」
「郁から……?」
 旭はニコニコとしてうなずきながら、界人のひざの上に紙袋を置いて手を離した。彼が袋からそっと、淡いストライプ柄のキャラメル色の包みで彩られた箱を取り出し、眺めているさまを旭は観察していた。
「開けないの?」
「郁からの贈り物は初めてで」
 箱を撫でる界人の手つきは優しい。まるでひどく愛おしいものを愛でているかのようだ。
「じゃあ、中身、見てあげようよ」
 包装された箱を両手にささげ持って凝視していた界人は促されるまま、包みを剥がしていく。丁寧に剥がした包装紙を折りたたんで手提げ袋に入れ、ひざの上に残った箱に手が伸びる。白地に金色のマークが控えめに施された品のある箱で、フタを開ければ途端に甘い香りが室内に広がった。
「チョコレート……」
 土産物や駄菓子屋でよく見る菓子だ。界人は土産物にあまり手を出したことも母から与えられた覚えも、言ってしまえば菓子の類に入れこんだ記憶もなかったが、その匂いは覚えていた。あの香りが屋敷に広がっているうちは、郁になにを持っていって食べさせてもバレなかったからだ。
 幼い子が食べたいと思わないような乾物の果物を口直しにとつまんで屋敷を抜け、腹の足しにもならないだろうが食後に口に含ませていた思い出が界人にはある。
 本当は美味しいものをもっとたくさん食べさせたかったが、界人が郁に持っていっていくものは、あくまで界人の食事の残りという名分だ。ぜいたくなものは持ち出せない。
「郁にどうやってありがとうを言ったら」
 忌み子だと虐げる家人たちの目をかいくぐり、守り抜いた弟から初めてもらった大切な贈り物。界人は胸がいっぱいになって、叶うなら言葉でありがとうを尽くしたいと気持ちに駆られた。
「そうだなあ。この箱も手提げも回収しないといけないから、まあ運が良ければ持ち主のところに空箱が帰ったりして」
 急に旭の手が伸びてきてひざに当たり、界人はその置かれた固い感触にびくりと体を震わせた
「これはボールペンって言ってね、催事にはよく贈られる物なんだ」
 「私から君に特別に」と渡されたペンを握り、界人は小さく礼を言って、広げ直した包装紙に直ぐにしたためはじめようとして、大きな手に止められる。
「ははは。まずは贈り物を味わってからでも遅くはないよ」
 それもそうだと、ペンを置き、二つに仕切られた箱に界人はおそるおそる手を伸ばす。一切れが大きい、チョコレートのかかったブラウニーだ。ちらりと界人は旭を見上げた。
「あの、よろしければ食べきれないのであなたにもご賞味いただければと」
 「弟くんの気持ち、半分ももらっちゃっていいの〜あはは」とからかう旭に界人はまた気難しい顔に戻りながらも、出したものは戻せない、ひと芝居打ってくれる礼だと箱を差し出た。


月負いの縁士 本編その後ss「初めての贈り物と密謀」

著者:内山 優
公開日:2023年2月14日

この物語はフィクションです。
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