夜灯 小説 Novel
冥約の口づけを

BLメイン、ダークファンタジー・シリアス・R18作品があります。


「夜威」本編後の悠斗と悠。"食事”を嫌がる悠に、起き抜けに思わぬところを噛まれ、悠斗はときめいてしまう。R15作品。

冥約の口づけを

 はるかが食事を嫌がる。俺はわりとショックだった。振りで分かるのか、顔を背けて距離を取る。これもかなり精神にきた。もしかしたら、俺の血が不味いのかもしれない。どうしたら、おいしくなるのか、考えて、考えて……。
「おいしい……じゃなくて、『健康な血液の作り方』っと」
 どうせ食べてもらうなら、かわいい子には、精をつけさせたい、と俺はもう手慣れてしまったスマホで素早くフリック操作する。ヒトならざる者が契約を結ばずに持てる情報端末ではなかったので、上手いことやって手に入れた代物である。
 検索窓に文言を入れると、途端に検索候補が連なった。サラサラ血液、栄養満点な血液、血液クレンジング!? 俺の知らない世界が広がっていた。前は割りと血統種や血糖値で揉めてたはずなのに。そりゃ、云年も前の話だから、とっくに話題も移り変わっているだろう。だが、今も昔も変わらず、案外、人間たちも自分の血に関心があるのだなあと。
「『不摂生は血液ドロドロの要因になります。早寝早起き、栄養バランスの取れた食生活、適度な運動を』……いや、そもそも俺たちは夜型で、朝は弱いしなあ」
 俺たち吸血種は、人間でいう、点滴やサプリで全部栄養を補っているような状態かつ食糧が生き血なので、なかなか飯にはありつきにくい。俺には悠がいるが、彼は吸血されるキャパシティが小さい。俺が満足いく食事をしてしまうと、すぐ貧血になってしまう。
 適度な運動とかいって安易に動くと無駄にエネルギーを消費して、ヒトならざる者──邪異ヤイを取り締まる夜警どもに殺られるだけだし。俺みたいな上手くわたってきた奴なら、まあ、省エネの仕方ぐらい分かるけど。
 悠はまだ吸血種の成り立てだから、この身の振り分け方──いわゆる処世術を心得ていない。それでいて、元来の性格なのか、限界突破して突っ走ってしまう。それじゃあ、いくら食べても足りないだろうけど。そもそも、あんまり食べないのに、俺がいただいてしまうものだから、もっとガス欠になるんだろう。だからこそ、ちゃんと食事を摂ってほしいのだが。
「そもそも旨い食事ってなんだ?」
 そう、「肉付き」偏に「旨い」で「脂」で、脂がのっておいしいなんてよく聞いた話だ。いやでも、俺の血の質は変えられないんだって。俺だって、全身の血が悠に置き換わればいいぐらいに思ってるのに、永遠に叶わないのだ。俺の血はどこまでいっても、悠の父親・東雲かおるの劣化版にすぎないから。
 俺が延々と悩み、ずっと調べている隣で悠はぐっすり寝入っていた。かなりの時間寝ている。ほとんどが俺のせいだった。悠の血がおいしいので、つい啜り過ぎてしまうのだ。
「悠の血は旨い……なぜ?」
 俺が悠を愛してるから。愛情を注ぐと旨くなる、とか。じゃあ、悠は俺を愛してないのか?
「そりゃあそーだよな。俺は悠の父親の忘れ形見。郁先輩と話した時間は悠よりも長い」
 郁先輩は、悠がまだ赤ん坊のときに家を出てしまったようだった。まさか結婚して子どもまでいたなどとはつゆ知らず、急に連絡をくれた先輩が今にも死にそうな声で、呼び出されるがままに廃工場に赴いた俺は、彼にかみ殺された。先輩は俺の全身の血を吸いつくした直後に、諸星もろぼし藤馬とうまにほふられた。
 悪のかたまりみたいな藤馬のことだ。郁先輩の正体をつかみ、執拗に追い回していたに違いない。先輩は俺や家族に危害を加えられる前に、自分から離れていったのかもしれない。人と関わるのが好きな先輩だったから、人とのつながりを断つのは身に堪えただろう。
 やっとつかんだ幸せも、一滴の毒でたちまちに侵される。毒牙にかかる前に、俺のことを手にかけてしまおうと思ったのだろうか。すべて飲み干した俺の血は、どんな味がしたんだろう。今となっては、すべてが空想の域を脱しない。郁先輩はもういないのだ。
 思考が延々とうつのループに入りそうなとき、隣の悠がもぞりと動いた。寝返りを打って、目を擦って眠そうな目を頑張って押し上げながら、こちらを見てきた。
「ゆーと」
「おはよう」
「うん……」
 舟を漕ぎながらの、むにゃむにゃした返事がかわいい。暗い思考回路が一瞬で浄化された気がした。
「よく眠れた?」
「ん……おなかすいた」
 寝ぼけてるのか、貧血で本能のセーブが利かないのか。どちらにしろ好都合だ。
 撫でていた俺の左手を悠がつかんだ。俺の手は小さな両手に包まれる。そのまま頭から唇へ、降ろされていく指。すぐに指にチクリとした痛みを感じた。
「え、かわいい」
「うるひゃい」
「なんでそこなの?」
 悠が噛んだのは左手の……薬指だった。指を口から離した悠は起きがけの不機嫌そうな表情だったが、腹にパンチを入れずに答えてくれた。
「だって悠斗の右手は利き手だし、この指が一番使わなそうだから、噛んでもいーかなって。ねむ……」
「ちょ、待って悠。プロポーズの返事もあるけど、これからちょっとだけ食育をしようと思って」
 俺も何を言ってるんだと自分で言ってから思った。だって仕方ない。悠が可愛すぎて理性が飛んだんだから。
 お腹が満たされて眠そうな悠のほおをつかんで軽く揺らした。思いのほか柔らかくて、今度はほっぺを食んでも良さそうだなんて、考えてしまうくらい、さっきのは痺れた。
「悠斗も寝なよ。疲れてるんだよ」
 そうだよ、小悪魔みたいな君に、寝てるときも取り憑かれてるんだよ、俺は。日中も目が離せないぐらい君の虜だ。そういう具合に四六時中、悠に飢えてるのに、俺のひざの上で無防備にうなじをさらして、乗り上げた格好で寝ようとするので、ムラムラしてきてしまった。
「わかった。少しだけ俺に付き合ってくれたら、一緒に寝るよ」
 俺は言い聞かせる。ここで下手に手を出すと拗ねて拗ねて、お預けをくらうのは目に見えている。嫌がる素振りを少しでも見せたら、絶対、引け、そこで止めるんだ、と。
「もういっぱい付き合ってる」
 突然の雷に打たれた。たぶん、眠くて思考が溶けているのだろう。充分に教育も養育も受けてこなかった悠は、生来の天然さも手伝って、愛すべき「おバカさん」だった。つまり、言葉を文面通りにしか取らない。裏を探ろうとか、別の意味を考えようとか、難しい脳内処理をしないのだ。
「わかってるよ、悠。いつもありがとう」
「ゆーと、なんか、ヘンなの」
 ひざに乗り上げて上目づかいで見つめてくるその仕草はまずい。せっかく苦心して抑え込んでいる変な気が、爆発して噴出しそうだ。手を出しそうな一歩手前で、小さくてかわいい口が開いた。
「じゃあ、僕のお願いも聞いてくれる?」
 かわいい君のおねだりならなんでも。多少危険が伴っても、親に甘えられる時間が長くなかった君のためなら、夜警も邪異ヤイも相手にできる。そして、これは自分の妹を甘やかすことができなかった己の後悔を相殺する意味もあった。
「ママと……パパのお墓参りに行きたい」
 少し、言葉に詰まった。悠の父親である、東雲郁の最期を迎えた場所を知っているのは、俺と諸星藤馬だけだ。あと心当たりは一人いるが、あいつは悠には絶対言わないだろう。郁先輩を殺し、悠の母親を死に追いやり、悠にまで手をかけようとした藤馬は、俺がその命を刈った。だから、正確にはもう俺だけしか知らない。
 俺にとってあの場所は、ゆりかごと墓場だった。刹那の約束と永遠の傷を受けた場所。きっとまた、俺の癒えない傷が慰めてくれとあふれ出てくるだろう。悠は敏いから、俺の感情の機微を察してしまうだろう。それでも、俺たちがこれから共に歩むためには、向き合わないといけないから。
「日警と夜警の追跡が落ち着いてからでいい?」
「うん。じゃあ今日もお仕事、頑張る」
 よしきた、チャンスだ。上手いこと、当初の目的が達成できそうな流れになった。
「そうだね。一緒にがんばりたいよね。それなら、やっぱり力が出ないと負けちゃうよね」
「どうしたら、強くなれる?」
 悠が欲しいのは、人間も邪異ヤイも守れる力だ。どちらも優しさだけでは、足りない。父親譲りの、己に流れる吸血種の血に目覚めた悠には、俺みたいな眷属には持てないほどの強大な力がある。だからこそ、その圧倒的な妖力をコントロールする、力が彼には必要なのだ。
「吸血種の生命と力の源は、血だよ。だから、食事は欠かさない方が守りたいものを守るために、強くなれるんだよ」
 ここはもう冷たい監獄ではない。俺と妹が転がされていた、出られない絶望と飢餓で衰弱していく部屋ではなかった。自由の代償に、がんじからめだった矛盾だらけのあの頃の痛みも、苦しみも、すべてを壊したい衝動も、今はなりを潜めている。
 君がいる、ここにいるだけで、陽だまりみたいにポカポカして、胸の内がじわりと暖かくなる。悲嘆に暮れて道化に成りかわり、不幸と悲劇をばらまいていた罪深い俺が、悠を幸せにしたいと願うまでに、心が洗われている。
「ご飯食べるの、がんばる!」
「俺も。約束、守るよ」
 君の左手を取る。まだ成長しきってないその手はふっくらしてはいるが、頼りないぐらい白くて小さい。
 薬指を軽くついばむ。うっすら赤い痕が広がった。再生能力の高い種ゆえ、吸いついた痕跡は染みこんだように、すぐに消えてしまったが。
「悠斗、食事しないの?」
 指から吸血されると身構えていたのだろう。自由な右手にずっと力を込めて、背中にしがみついていたみたいだ。
「俺は食べすぎちゃったから、少しだけ」
 悠の項を両手で包んで、後頭部を引き寄せる。柔らかな唇に口づけを落とし、己の血をルージュみたく、悠の唇に引いた。花嫁みたいで、かわいいのに、血で汚れていて倒錯的すぎる。
 紅をペロリと、赤い舌が拭うように舐めとった。無自覚だろうが、こちらはうずいて仕方なかった。そうだ、君との約束を守るには、俺にも欲望をセーブする力が必要なんだ。


夜威ヤイ  本編その後ss「冥約の口づけを」

著者:内山 優
公開日:2021年6月26日

この物語はフィクションです。
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サイト名:夜灯
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